岡山で心を整える、厄除けの時間

年が明けると、なぜだか心の奥がそわそわします。新しい一年が始まる期待と同時に、「この一年、穏やかに過ごせるだろうか」という小さな不安も顔を出すからでしょうか。
そんなとき、私は岡山の厄除けに出かけることにしています。特別に信心深いわけではないけれど、年の節目に神聖な空気の中で深呼吸をするだけで、心が少し軽くなるのです。

祈りの静けさが、心を落ち着かせてくれる

岡山には、昔から厄除けの風習が息づいている神社やお寺が多くあります。私は毎年、そのどこかへ足を運びます。
境内に入ると、冬の澄んだ空気の中で鈴の音が響き、ふっと背筋が伸びます。厄除けの祈祷を待つ人たちの表情はみんな穏やかで、どこか似たような気持ちを抱えているのかもしれません。

祈りの時間のあいだに、不思議と心が静まっていくのを感じます。怒りや不安、焦りなど、知らないうちにまとっていた“心の厄”が、少しずつ溶けていくような感覚。手を合わせるという行為には、思っている以上の力があるのかもしれません。

岡山の風土に息づく、やさしい厄除け文化

岡山の厄除けは、派手さよりも「丁寧さ」と「静けさ」が印象的です。山のふもとや町の中にある小さな社も、どこか優しく人を迎えてくれるような雰囲気があります。
人々が季節の節目にお参りをするのは、ただ“厄を払うため”ではなく、“自分を立て直すため”なのかもしれません。

お参りを終えて外に出ると、冬の光が木々の間から差し込み、風が頬をなでていきました。その瞬間、「また一から頑張ろう」という素直な気持ちが生まれました。きっと、それが厄除けの本当の意味なのだと思います。

私が感じた岡山 厄除けの魅力

岡山の厄除けは、心を整えるための小さな儀式のようなものです。忙しい日々の中で立ち止まり、静かに手を合わせる時間。
それだけで、心の中に少し余白ができて、前に進む勇気が湧いてきます。

帰り道、参道の屋台で温かい甘酒を飲みながら空を見上げました。澄んだ空気の中で、「きっと大丈夫」という気持ちが自然と浮かびました。
厄を祓うというのは、運を変えるためではなく、自分の心をリセットするための行い。岡山の穏やかな空気の中で、そんなことを思いました。